Friends to the end. - 友よ、永遠に -



肌に突き刺さるような清浄な空気の中を目的の場所までひた進んでいく。落ち葉はこの闇夜の中で色も形も分からないが、歩を進める度にかさりと音をたてて砕けていく。悪魔は「寒さ」という概念も、昼夜の明るさについて疑問に思うことも、やがて地へと還っていくモノに感じる情緒も、ない。
そういう感覚は、一切持たないのだ。

通常の悪魔、ならば。

力が全てで、人間のようないざこざ――まぁ一部の悪魔の中では派閥同士で争っていたと記憶しているが、関わりもなければ興味も皆無だった自分にはそのことに関する証拠がない――に巻き込まれることもなく、いっそのことドライで分かりやすいまでのその考え方は今でも根付いている。その価値観は最近の約2000年くらいで徐々に変化してきたくらいで、それ以上の月日を費やして生まれた根拠はそうそう変化し難いものである。
とはいうものの、基本的に自分は好戦的ではなくむしろ、争いごとは好まない(というかしない)性質であった。勝手に崇め奉られ、問答無用で刃を向けられ、それこそ「貴方様ならば魔帝をも倒せましょう」と言われようが『どうでもよかった』。

そう。『どうでもよかった』と感じていられたのは、とうに過去の話だった。

かつて、魔界の王が人間界に侵攻した際、1人の悪魔が正義に目覚め、人間達のために戦った。その者は、剣の力をもって魔帝を魔界に封じ込めた後、最期まで人間界に残って、世界の平和を見守っていたという。

そう伝えられている神話のような物語の、起源は間違いなく―――


「―――アゾット…で、間違いないな?」

「あぁ。『今』はオレだ、間違いない」


鬱葱と生い茂る闇夜に溶けた木々の開けた場所に、その者は立っていた。血色を疑う程の色白の肌は、身の丈を覆うコートに加えてその場にそぐわない異色さに拍車をかけている。月光を背に浴びながら、振り返るその顏の瞳は体内を巡りゆく血と同じ色をしていることに違和感を感じないということは見慣れてしまっていることの他にあらず、それは気が遠くなる程の長い付き合いのせい。
日の光が入らない「あちら」で過ごしていた頃から交流があった見知った顔のためか、それとも切り裂いた敵の胴体から噴き出すソレに恐ろしく酷似していたせいか。故に、見慣れてしまったのか。


「で?どんな感じだったか、聞こうか」

「……話をして…食事をして……また、話をした、な」

「………実に、お前らしい報告だな…」

「『お前』ではない。名乗ると決めた名はある」

「魔剣士スパーダ、だったか?」

「…わざとらしい……」


エヴァと交流があった日は連絡をするという口約束を未だに律儀に守っている自分はどうなのだろうと思うが、それがあっての今の関係ならば致し方ない。
口調も視線も挑戦的で腹の奥底がチリチリとする。高飛車のように小馬鹿にしているのか、紳士的に振舞っているせいでか、よけいに頭に来るせいだ。この感情は昔から知っている。いわゆる「怒り」だ。ついと視線を反らすというコントロールする術を学んだおかげで、恐ろしく軽度ではあるが。


「―――あれから2000年近くも経てば進歩した…ということだろうな、喜ばしいさ」

「2000年、か―――そんなに、経つのだな…あれから」


“何が言いたい?”と紅い瞳が真っ直ぐに無言で問うてくる。
“目は口ほどに物を言う”らしいし、それもこの者から学んだ。正式にはもう一方の『この者』から。


「あちら側もこちら側も行き来していたお前ならもっと楽に暮らせていただろう、と思ってな…」

「魔界を封印したこと、か?なんだ、そのことか…それなら、が望むものが、オレの全てだ。それ以上もそれ以下も存在しない。オレの基準はそれだけだ」


「言っただろう、気まぐれに付き合ってやるとな」と返されてしまえば、が望む行動を自分がとったことにはなるが、不思議とそれが掌で踊らされている気にはならなかった。瞬間だけでも「後悔していないか」と浮かぶ考えをどこぞに吹き飛ばしてくれる。
そうだった、俺が反旗を翻したときも。





『へぇ…人間に加担するんだ?』

『お前の話を聞いて、実際に見てみて。ここで人間が滅びるよりはその歩む道を見てみたいと思った、だけだ……気まぐれに過ぎん』

『じゃぁ。私もアゾットも、その気まぐれに付き合ってあげるよ』

『それは暇つぶし、か?』

『…そう、かもしれないな……』

『…そうか。その暇つぶしの一瞬でもいい。加勢してくれることに感謝しよう』

『これだけで礼を言われる筋合いはないよ。それに、全部終わった後の方が私は忙しくなると思うけど?』

『…何かあるのか?』

『たかが「血の記憶」見せただけで人間の全てを知ったとは思わないでよ、奥が深いんだから。人間は』

『…そう、なのか?』





「ふ…そうだな、お前たちは常にそうだったな」

「―――なんだ、アゾットと変わってもらったら…スパーダ。あなたそんな風に笑えるのね、エヴァも気苦労が絶えないわ」


くすりと笑う人物を今一度捉えれば瞳が色鮮やかな草原の色へ変化していた。先程までは妖艶な青年といった雰囲気だったというのに、今は可憐な女性の空気をしている。
それが、この者の正体。


「エヴァが?気苦労を?」

「えぇ。『彼があまり笑ってくれないから、私の話がつまらなかったのかもしれない』って落ち込んでたわ」

「それは…すまないことをしたな…」

「謝る相手が違うでしょ?それに、次のデートの出会い頭に『この前はすまなかった』なんて言うのもなし。雰囲気が重くなってしまうわ」


人間の感情は多種多様過ぎて未だに完璧には理解出来てはいない。が、相手の心を察したり、思い遣ったりできなかったあの頃よりも。エヴァを「アレ」などと呼んでいた頃の自分にとって、今の自分は劇的な大進歩だと自負している。それはが認めたからだ、人と魔を誰よりも何者よりも理解している者がそう告げたから。前よりは人間を理解してきている、と。が言うには人間を完璧に理解することはできないが、今の自分ならばもう一歩理解すれば人間以上に「人間クサい」悪魔になれると言われた。当初「悪魔である俺に、何を言っているんだ?」と思っていたが、感情や考え方、個性や宗教、嗜好から男女の価値観の違いに至るまで一通り学んできた今なら分かるような気がする。

は俺に「誰かを想う気持ち」を教えようとしている。

人間についての記憶が皆無だった自分に、血の記憶で実際にその価値観とやらを植えてもらった。の偏見が入っているらしいのだが、まったくの「0」の状態で知識を入れていくよりも人間というものが理解しやすかった。その、血の記憶が教えるの偏見から、このエヴァとの関わり方について、抱いている感情について、出した結論が「愛」だ。

人間が最も理解し難く、また最も納得のし得る、1番複雑で簡単な感情。
怒り、慈しみ、痛み、愛しさ、ありとあらゆる感情を内包する、危険でありながら最も人間らしい感情。

その感情が、正しく芽吹いていくのか。
その芽に与える水も肥料も、育てるのは自分だ。
が、“どのタイミングで・どれほどの感情を”とだけを助言してもらい、「実体験しなければ納得はし得ないだろうよ、特に知識欲の塊でもあるお前ならばな」とアゾットに言われ、実際に自分が体験することで感情の表出の方法や受け止め方の複雑さを理解してきてかれこれ数年―――。


「彼女も彼女で必死なんだ、エヴァはね。大切なあなたがどうやったら笑ってくれるか、真剣に悩んでる」

「…そうか。何か、温かい気持ちになる、な…エヴァが私のことを考えてくれていると聞くと」

「そうやって、肩肘張らずに笑えばいい。エヴァも喜ぶ、保証する」

「あぁ。自然体でやれるよう、努力するよ」


にこりと笑んで瞼を落とし、次に瞳に光を宿すきにはルビー色した鉱石がこちらを見据えていた。
吸い込んだ空気を一度全て吐き出して「素で惚気られるとはな」と頭を振り、よく見たら嬉しそうに口角を上げた者は既にアゾットだった。
抜けていく風のように全ては一瞬だ。アゾットから、へ。その反対もまた、然り。
この者の実態は詳しくは知らない。
その喋繰りや知識、魔と人に対する中立的思考と決してソレをひけらかす素振りを微塵にも感じさせない謙虚過ぎるほどの「無色」

何かあったのだろう、そう考えるのが信を傾けている自分にとって普通だ。
何がこの者の思考をこうも変えたのか、徒人が持ち得ることの有り得ない膨大な知識。
元からあった自分の知識欲を刺激し、悪魔側に反旗を翻した自分を誑かすわけでもなく、かといって洗脳するわけでもない。そのような素振りを見せていれば、彼奴等がここに存在することはなく今頃は魔界の闇と同化していただろう。首と胴を分断させて転がっていただろう。
煩わしさを嫌い、気高くあり、同様にプライドに見合った貪欲さを兼ね合わせていた自分を変えたのは、紛れもなくこの者たちが原因だというのに。
それについて疑問に思うこともなく、自然とそうなるべきであったのだと感じるような、必然を。
アゾットとは俺にそれを運んだ。
その変化を受容し、あまつさえ自分までも変革させようとしたのは、俺の意思だ。
彼奴等について問うべきことは多く、どれから手をつければいいのかは未だに分からない。
しかしエヴァを理解し、愛そうとする俺を支援している者を疑うのは「失礼」に当たるのだと知っているし、まだまだ人間を理解しきれてはいない以上は“標”は必要だ。


―――時が満ちて穏やかに話せるときが訪れたら、その時に改めて問うか……

「…1つ、聞きたいことがある。アゾット、なぜ『エヴァ』を選んだ?」


戻ろうと踵を返して数歩、背後から固い声音でスパーダが問うてきた。頭だけを向ければ、片眼鏡の奥にある雲1つとしてない「空」が真っ直ぐにこちら射抜いている。敵じゃないんだ、気迫で殺すつもりか?とおどけたところで冗談抜きで殺意を向けてくるであろうことは目に見えて決定的だ。何を真剣に聞いてくるのかと思ったら…やはり人間になれなくても、お前は人間以上に「人間らしい」悪魔ではあるよ、と―――。


「……俺やが、エヴァを愛しているからだ」

「……なるほどな」

「お互いに気があったのは事実…興味か好意かの差違はあれど、今となってはエヴァ以外に考えられまい?」

「あぁ。故に、お前たちには感謝している」


その答えに満足したのか、柔らかに笑む悪魔にそう遠くない幸せを垣間見た気がした。興味が好意へと変化した今なら、もう何もする必要はないだろう。後は当人たちの問題だな、と溜め息めいたモノを1つ。
―――そうだ、これも真実だったな。


「それともう1つ。エヴァはいい母親になるという、のお墨付きだ」

「……母親…?」


先を見据えることはまだ思考外なところがお前らしいよ、と背で笑い返す。善くも悪くも目の前のことにのめり込む性質を持っているお前なら、スパーダ……。

子へも続くであろう災いの火の粉も、お前ならばきっとエヴァ共々払い除けられよう……。

お前の行く末は、友である俺とが見守ろう……。未来永劫、この命続く限り―――。



fin.


ふと、パパーダがどうやって悪魔に反旗を翻したのかと思いまして。単なる知識欲と希望的観測で人間を救ったりはしないだろうし…
寝返るよう絆されたワケではないけど、けれど誰かが人間の愚かさと偉大さを教えたからこそ、パパーダも人間の見方してくれたのではないのかな、と。
100HITと200HIT記念です、パパーダとエヴァ大好き。